「俺ら東京さ行ぐだ」に見る「田舎」

俺ら東京さ行ぐだ」という歌を知っているだろうか?

演歌歌手・吉幾三11984年に発表した楽曲だ。田舎者の主人公が、田舎に嫌気がさし、東京に出ようとする内容である。曲名は知らなくても、「ハア〜テレビも無エ、ラジオも無エ」「俺らこんな村嫌だ」というフレーズは聞いたことがあるのではないだろうか。

この歌は、基本的にコミカルでおもしろい歌だ、と受け取られることが多い。国内の某動画投稿サイトでは、この歌を使っておもしろくアレンジした動画も数多くある(著作権上どうなのか、といった意見はあえて伏せる)。

しかし、私はこの歌を単におもしろいだけの歌だとは決して思わない。この歌は、一見ユーモラスだが、もっと別の何か――田舎者の自虐的悲哀とでも言うべきだろうか――が表現されていると思う。その根拠について、1番、2番、3番それぞれを見ながら述べる。なお、某団体から謗りを受けないよう著作権を考慮し歌詞を直接転載した説明は避けている。

1番

サビまではいわゆるコテコテの田舎の姿が描かれている。そこからサビに入り、「こんな村を出て東京に行く」と歌うわけだが、サビの締めで「金を貯めて牛を飼う」とのたまっている。これはどういうことなのだろうか。たしかに、サビまではないない尽くしの田舎の姿が描かれている。そこで、「毎朝牛の散歩で2時間以上かける」ことが嫌だとたしかに言っているはずなのだ。しかし、サビを見る限り牛の散歩自体が嫌なわけではないとも受け取れる。

2番

1番と同様、2番でもサビまではないない尽くしの田舎の姿が描写される。そしてサビに移り、「田舎を出て東京で馬車を引く」というわけだ。なぜここで「馬車」が出てくるのだろうか。1番で言及しているとおり、当たり前だが、自動車の存在を知っているはずである。自動車といっても、今ふうの自家用車ではなく、軽トラのようなものなのかもしれないが。ただ、そういった事情を考慮したところで、この歌がリリースされた1980年代には、もう馬車は下火になりつつあったのだから、都会に出て馬車を引くというのは、当時の価値観でも違和感があったのではないだろうか。

3番

いよいよ3番だ。さらに悲惨な状態のないない尽くし(電気すらない)が表現されたのち、銀座で山を買う、東京で牛を飼うというサビで締める。後者はさておき、前者については、たとえリリース当時の状況と照らし合わせても、「銀座で山を買う」というのは違和感のある内容ではないだろうか。しかも当時はバブル景気だ。土地開発が進んでいる状況で、田舎者が山を買う、というのはちょっと想像しづらい。ただし、これに関しては、私自身は当時の実情を知らないため、あくまで想像に留める。

余談だが、3番のサビで、「牛を飼う」で締めていることは、非常に美しい流れだと思う。

この歌で表現された「田舎」

ここまで見ると、「俺ら東京さ行ぐだ」はただユーモラスな歌ではなく、東京への憧れを持つ田舎者が、生まれ育った価値観を捨てきれない、皮肉にも似た自虐的思考が表現されていると言えるのではないだろうか。結局、田舎で生まれ育った人間は、どこまでいっても田舎で培った価値観・生活観を捨てきれない。そのため、都会についても、田舎の生活観を反映したもの、あるいは田舎で手に入るレベルの姿しか想像できないのではないか。

ここまでステレオタイプな田舎の姿は、最近ではめっきり見られなくなった。そもそも、当時でも非難の声が数多く寄せられていたらしい。それでも私はこう考えてしまうのだ。この歌で表現されているのが、たとえ「非実在的」田舎であったとしても、「概念的」田舎としては正しいのではないかと。


  1. ちなみに、吉幾三は作詞作曲まで自分でこなす、珍しいタイプの演歌歌手だ。