そこの君!〈小市民〉シリーズを読め!

やあやあ元気かい? 〈小市民〉シリーズは読んだことある? えっ、ないの!?

〈小市民〉シリーズは米澤穂信によるシリーズ小説で、2024年5月時点では分冊込みで計6冊刊行されている。ジャンルは「日常の謎」という、日常生活におけるちょっとした不思議とか謎を解き明かすタイプのミステリ小説だ。なんとアニメ化も決定していて、2024年の夏に放送される(←えっ!?)。

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よーし、ここからはおじさん頑張っちゃうぞーとばかりに紹介したいところだけど、その前に日常の謎米澤穂信について説明しておく。

まず日常の謎だ。日常の謎はその特性上いわゆる本格ミステリや社会派ミステリと違って、謎は犯罪とまったく関係ない場合も結構多い。たとえば「とある本が図書館から毎週同じ曜日に借りられて、同じ曜日に返却されるのはなぜか?」「池の鯉の数が減った理由は?」「彼はなぜわざわざあの町まで遠出して買い物に行ったのか?」などという、本当にごく些細なことでさえ謎解きの対象となり得る。正直ミステリとしては結構異質な部類である分、ほかのジャンルとも相性が良く、特に青春小説のフォーマットでよく用いられている、気がする。ただ、それでいて(それゆえに?)結構な曲者ジャンルでもあり、本格ミステリ並みにロジックが厳密だったり、解決しても非常に後味が悪かったりして、手に取りやすそうな割に読後感はハードだったりもする。今の有名どころの作家だと北村薫若竹七海坂木司近藤史恵三上延、あとはやみねかおる、そして米澤穂信あたりだろうか。ちなみにはやみねの日常の謎と言えば虹北恭助シリーズが主だけれど、夢水清志郎シリーズでも日常の謎を扱ってはいる。

米澤穂信の場合、正直ロジックは弱い。というよりミステリとしては謎も謎解きも反則級の代物が結構ある、と思う。その代わり青春小説、それもハイティーンの微妙な感情の揺れ動きとか、独特な友情、人間関係とかの描写がうまい。〈小市民〉はもとより、たとえば〈古典部〉シリーズなんて(もともとラノベとして刊行されていたこともあるが)青春小説としてかなりおもしろく、正直日常の謎要素が邪魔なほどだ。ただし一方で、米澤穂信の小説はそれこそ「解決しても非常に後味が悪かったり」する。さっきの〈古典部〉シリーズは短編を除いて基本的にどれもこれも後味が悪い。ほかにも〈ベルーフ〉シリーズに関しても(私はまだほとんど読んでいない)、しょっぱなの『さよなら妖精』なんて『イリヤの空、UFOの夏』みたいで後味最悪だ。もっとも、謎解きのおかげで登場人物の人間関係が良いほうに進んだり、終盤で語り手が見えていないことがわかったりするのでまったく悪いことばかりとも言えないが、あまり気持ち良くならないのは確かだ。

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で、ようやく本題の〈小市民〉シリーズの話。米澤穂信の作風のご多分に漏れず、これも日常の謎+青春小説の体を取っている。主な登場人物は、一応探偵役を務める小鳩常悟朗(小鳩くん)と、一応ヒロインを務める小佐内ゆき(小佐内さん)の2人。どちらも高校生。そこに準メインの堂島健吾が時々加わりつつ話が進んでいくというスタイルだ。小鳩くんと小佐内さんの2人の肩書きにぞれぞれ「一応」と付けたのはもちろん理由があって、まず小鳩くんはある理由から探偵的行動に積極的に出ようとしない。そして小佐内さんはヒロインというにはちょっと行動的すぎるのだ。そんな2人が謎に巻き込まれたり、謎を解決したりして物語は進んでいく。

……と書くとなんだか〈古典部〉っぽいし、折木奉太郎千反田えるのようにも見えるが、あれを期待して読むとまったく違う。まず小鳩くんは折木の何倍も子供っぽい性格をしている。自分の洞察力に自信があるし、他人に関心がないというか、自分のことしか基本的に頭にない。共通点は、素直じゃないことくらいだろうか? そして小佐内さんは千反田と比べ物にならないくらい性格が悪い。千反田が光なら小佐内さんは闇だろうか。それでいて行動力も非常にあるからたちが悪い。米澤穂信の作品の中でも一番性悪でお近づきになりたくない女の子、それが小佐内さんなのだ。この子供っぽくて性格が悪い2人が織りなす青春模様(笑)が、〈小市民〉シリーズの核だ。

そういう2人だからこそ、話の展開もほかのシリーズに比べて「子供っぽさ」があらわにされていくパターンが多い。たとえばいやいやながらやっているように見える小鳩くんが実はミサワ的であることを指摘されたり、問題に巻き込まれたはずの小佐内さんが実はその裏で操作していたりする。正直行動原理は子供なのに2人ともそれを実現できてしまうだけの能力があるゆえの、爪を隠した幼児的全能感っぷりというか、反中二病としての高二病罹患者っぷりというか、そういうものが結構描かれるので、人によっては昔のことが思い出されたりして、結構きついかもしれない。

でも高二病で終わる話でもないのが〈小市民〉シリーズのいいところで、シリーズを通して2人がそれぞれ自分の性分に向き合う姿も描かれる。その中で2人の関係が揺れ動き、何度か決定的な変化を経て、どう進んでいくのか、それが一番の見どころで、楽しめるポイントだと思う。冬期まで読んだ人ならきっと小鳩くんの自己中心的な部分がどのように変化したかわかるだろうし、直接は描かれない小佐内さんの行動が変化したことも察せられるはずだ。個人的には、「小鳩くんと小佐内さんが素直になり、大人になること」がテーマだったと認識している。

ちなみに〈古典部〉との違いはもう1点あって、それは日常の謎要素の扱いだ。〈小市民〉シリーズは日常の謎がそれぞれの心情や関係の変化とも密接に絡まりあっているので、かみ合わせは悪くない。ミステリとしてはやっぱり微妙なのだけど、スパイスとしてはうまく効いているのでそこは安心してほしい。

というわけで、あまりまとまっていないけれど、〈小市民〉シリーズの簡単な紹介でした。もしここまで読んで興味が出たなら一度ぜひ手に取ってみてほしい。というか読め。